Interactional Therapy and research Center
ITC家族心理研究センター
家族療法(ファミリーセラピー) / 短期療法(ブリーフセラピー)

|面接治療・カウンセリング| |研修について| |ITCワークショップ| |チェックコーナー| ITCの歩み
 | 次回 | |ソリューションバンク| |ニュースレター |関連リンク| |書籍の紹介| |English Page|

MRI50周年紹介
家族心理.comへ

東日本大震災により、尊い命を亡くされた多くの皆様に深く哀悼の意を表しますとともに、
被害を受けられた方々に心からお見舞い申し上げます。
本研究センターの研究費の一部を復興支援にお役立てしていただくように致します。

2011年11月12日(土)
ITC公開研修のご案内

大澤智子先生御講演

「災害支援 こころのケア」

申込受付中


2011年7月30日天岡先生、笹竹先生による記念講演でした。
2010年7
月のITCでは若島先生をお招きしてブリーフセミナーを行っていただきました。
参加者の皆様成功裏に終わり御協力感謝いたします。


日時  731日(土) 

      4時半から  ブリーフセミナー

講師 若島 孔文 先生 (東北大学准教授) 

テーマ  ICHIGEKIの開発、そして、同時的および累積的家  族研究の途中経過」

 現在の家族関係に影響している家族内要因を探る一連の研究の途中経過です。

 ムツゴロウさんの理論などから考察していきます。


参加費 3,000円

申し込み  ITC事務局 児玉クリニック内
  
0562-48-8567
e-mail : masumi@solution.gr.jp






「東北大の新世紀」に長谷川の研究ストリーミング

ポール・ワツラウィック博士と言語哲学

長谷川啓三 東北大学

2008年、ワツラウイック博士も逝ってしまった。1月にインスー、一昨年はスティーブが他界してしまっている。ジェイ・ヘイリーもだ。気が重い。
ワツラウイック説のわが国での受け入れは、翻訳数が決して少なくない割には、広くも深くもないような気がする。筆者が、ご自身から託されて訳した2冊を含め6冊はあるはずである。筆者を中心とする小さな範囲ではグランドセオリーの位置を占めるが、一般には知られない。スティーブの理論の方が知られている。
海外、とりわけ米国でも同様だと思う。ワツライック博士の、知名度は抜群であるが、理解の水準は、深くはないと思う。たとえば博士が唱えたconstructivism である。ガーゲンらによってconstructivismは社会という視点が欠けるとされsocial constructionismと呼びかえられた。そして浅薄化された。それは、学問の歴史上よく繰り返されている、社会イコール言語といった言語観と社会観によって浅薄化されてしまった。ここではヴィトゲンシュタインの言語哲学や言語ゲーム論も浅薄化されてしまった。かつてピアジェとヴィゴツキーの論争時もそうであった。博士はピアジェの方をよく引いている。
言語哲学で学位をとられた博士のそれは、「拘束」という二重拘束理論以来の言語と行動の密接な相互性もしくは一体性を、ウイークランドはそれを硬貨の表裏と比喩をしたが、当然の前提に唱えられたのであり、行為の社会的な相互構成性を最初から説いていらっしゃる。要点は、こうまとめられるはず、

任意の行為は、病理を含めて、他者に対していつも言語的であり、拘束性を免れない。

英米的な学者ではない、ヨーロッパの大陸的な碩学である。ヴィトゲンシュタイン哲学の研究者としても知られていた。かつてハイデガーが座った席の近くに博士も座ってフランクルとフランクルのご自宅で語りあってらっしゃる。主著は「チェンジ」(「変化の原理」法政大学出版局)である。「人間コミュニケーションの語用論」(以下、語用論)ではない。これは明言された。そして「チェンジ」の翻訳を筆者に薦められた。「語用論」は学術賞をとられているのに、こともなげに「あれは自分でもわからない」と真顔で言われた。筆者にしてみると、その一言で博士という方が解かった気がする。わたし達でも、ときにはやってしまう衒学的な物と事を嫌われ、自身にもいましめられる。この態度はMRIの研究者に共通であると感じる。だからというべきかどうか、彼らの著述の量は多くない。博士が一番多いくらいである。
「チェンジ」の翻訳作業を通じて、博士のとてつもない博学と、そして深い思索を知ることになった。日本文化についても、うわ面な理解ではなかった。ハイデガーやファイヒンガーにも共通する知性の伝統だろう。お知りではないだろうと、当初よく持参した日本からのお土産、たとえば安物の浮世絵のミニチュアや扇子、ふろしきといったものを、日本の文化の紹介としても差し上げたのを、恥ずかしく思い出す。
翻訳作業中、フットノートの量と難解さには泣かされたが、学位後の最初の研究のつもりで精力を傾けた。まだ若かったし、なにしろ内容が面白かった。群論を中心とした数学も、言語の一つとして駆使される、ピアジェにも共通する、その仕方はよく理解できた。
難解さの一つはヴィトゲンシュタイン哲学である。が次第に解けてきた。(哲学の)問題として、偽の問題を扱わないことである。偽の問題をつくりださないことである。雲の形を分類して雲の本質としないことである。(ゴチック)
同じように、解決をしようとして問題をつくり出さないことである。これがブリーフセラピーの誕生につながる博士のスタンスであった。
論文の執筆を薦められ提出したことがある。博士ご編集の単行本に収録の予定だった。本自体が日の目をみなかったが、ずっと後に、MRIの海外代表の一人に推された。MRIで開催された国際会議のシンポジストのひとりとして、博士の言動に絡めて、ジョークを言ってみたことがある。皆にはややうけた。「希望の心理学」(法政大出版局)という半分はユーモアについての研究といってもいいものをお書きの博士はというとー、やさしくも、笑顔を見せてくださっていた。
サバティカルなど、少し長目の休暇を得たときには、筆者は、もういちど博士の下で治療的な言語の研究を、家族よりもさらに上位システムを対象にして、博士が唱えられている視点から、成したいとずっと願っていた。いまや、それは叶わぬこととなったが、遺されたご著書がある。ご論文もある。それらを開くと男性的で重厚な博士の美声が紳士的なお姿と共に、はっきりと聞こえ見える。ありがたい、博士はまだ筆者の中では元気でいてくださる。

 

2008年 1月10日にインスー・キム・バーク先生が急逝なさいました。
こころからご冥福を祈ります。 以下に追悼メッセージを掲載いたします。

ITCでのインスー
長谷川啓三 東北大学

いつもはインスーがメールでSFAやMRIの仲間の状況を教えてくれる。しかし今回は、それがなく、その訃報を疑っていた、いや信じたくなくて、今日まで来てしまった。しかし、やはり、インスーは、1月10日にフィットネスのジムで亡くなってしまった。
ITCには、何度来ていただき教えていただいたことだろう。
いつもの研究会の小さな部屋にもである。ご一緒に皆で瀬戸へ旅行し、焼き物をつくったことがある。ソウル在住のお兄様もみえられたことがある。ドランやシュタイナーらも伴っていらしたこともある。そんなとき「マスミ、マスミ」とこちらでのマネージャー役の児玉真澄先生の名前をよく呼んで、ワークショップの打ち合わせをしてくれていた。ときに食事中のスタッフは苦笑もしていた。インスーの発音では「マズゥミィ」と聞こえるからである。
そんな楽しい思い出も貴重なワークの記録もITCに多く残したまま逝ってしまった。
かつてミルウォーキーの、ご自宅で一ヶ月を過ごさせていただいた。夕食は、多くスティーブが腕をふるってくれたが、少年裁判所の見学も、ご親戚と研究者の紹介も、シカゴ中にあるライトの建築群の案内も、地下室でのビール作りも、大リーグ最弱のブルワリーズの仲間を集めての観戦もが、みんなインスーが、まだ若い日本からの一研究者のために、そのマネージメントを喜んでやってくれた。それは今考えてみると、その後に世界的に名を成す夫君、スティーブのための応援でもあったろう。
母だった思う。我々にも、そして誰よりも、夫であるスティーブに。天才肌の夫をよく支えていたと思う。日課であった毎朝の散歩も、ご自分のためよりは大柄のご主人のためであったろう。
面接を見たことがある者なら、スティーブよりもインスーのそれがいい、上手と感じる者が多いはずである。彼らが工夫した例外に焦点をあてるそれに忠実なのはインスーであると。しかしインスー自身は常にスティーブを治療家として研究者として最大の敬意を払っていたし、ファンクラブのリーダーのようでもあったと思う。
インスーに、年齢を尋ねた。歴史に残る、われわれの領域での人物の中で、インスー・キム・バーグこそは、そこに並びうる東洋の臨床家であると思い、辞書の人名欄に載せるべく、ご自身の年齢を尋ねたのが、最後のやりとりだった。この時、インスーは、「西洋では、女性には、年齢はきくものではないのは知っているでしょう」と冗談を込めての、長文の返事があって、さてどうきき出そうかと、楽しみにしていた矢先であった。

とても残念な思い
岐阜聖徳学院大学 西川和夫

スティーブに続き、偉大な指導者を失いました。彼女は画期的な業績だけでなく、おごらず温かく人間的にもすばらしい人であったと思います。BFTCに在外研究を受け入れてもらいましたが、世界的に著名で超多忙な人が無名の人間に対してパーティを開き、夫の愛用自転車を取り上げて貸し出すなど、日本人の研究者ならとてもしないだろうという親切をしてくれました。世界中で愛された人を失いました。日本流に言えば、愛する夫を追って逝かれた麗しい大往生でしょうか。後進のみんなが彼らのともした灯をいっそう輝かせるように活躍することを祈ります。

代表 長谷川 啓三 / 東北大学教授

顧問 榎本 和 / 共和病院院長

Copyright © 1997 ITC家族心理研究センター